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#MGM2 .23 #2コマ漫画 8 「在庫処分」真夜中

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「在庫処分」真夜中

 本作では下描きの立方体は積み重ねられた本の山として描かれています。
 人物は右奥に居て左手前を見ています。本の山が手前、人物が奥というポジションが矛盾なく描かれています。

 本の山は恐らくこの主人公が自分で描き自費で印刷した同人誌の山でしょう。コミケなどでは、同人作家は本が飛ぶように売れて大儲けしているように思われていますが、同人誌で儲けを出しているサークルはごく僅かであり、ほとんどの同人作家は在庫の山を抱えて暮らしています。ほとんどの同人作家にとって、売れ残った自分の本の山をどうするかというのは大変な懸案です。一般に流通している本ではないので古本屋に売るのも難しく、自分で描いたものだから捨てるわけにも行かず、結局殆どの同人作家は、同人誌即売会に出る度数冊ずつ減るだけでいつなくなるとも知れない在庫の山と長い時を共にする他はないのです。
 ですのでこの主人公の、自分の売れない本の山を捨てようとするが、やはり全部を捨てることはできず一冊だけ取っておこうという感情は、MGM2に参加しているような創作同人作家の共感を広く得るものであるはずです。

 一齣目で「この在庫の山を全ぶ処分するぜェ」と意気込み、ズカズカと本の山に歩み寄った主人公と、廃棄処分を終えた後の二齣目で膝を抱えて小さくなっている主人公は対照的で面白いと思います。
 嬉しさを描きたいからといって笑顔の主人公だけを数コマに渡り並べればいいかというとそうではありません。嬉しさを描きたければまず悲しさを、寂しさを描きたければまず意気込んでいるところを描かなければならないのです。例えば気象において低気圧というものは、気圧が何ヘクトパスカル以下のものをいうというような基準はありません。周りに比べて気圧が低い部分を低気圧というので、高気圧より気圧が高い低気圧というのもありえます。同様に、例えば無人島に漂着し飢えた人にとっては、木の実一つが手に入ったというようなほんの些細な幸せも至高の喜びとなるはずです。このように感情とは、前後の状況とのコントラストが読者に与える印象のことであり、相対的なものなのです。決して主人公の顔のことではありません。
 その点において本作は、一齣目と二齣目において主人公の感情に対照を見せ、その結果、二齣目の寂しさがとてもよく読者に伝わってきます。
 立って歩いていた主人公が座り縮こまっていることにより画面における主人公の面積が縮んでいるわけですが、一般的にまんがにおいて大きな面積を占めるものは強く明るく、小さな面積しかないものは弱く暗いイメージを読者に与えます。なので二齣目の主人公は弱々しく寂しく見えるのです。キャラの面積を調節するには、このようにポーズを変えたり、カメラを近づけたり退いたりする方法があります。

 本作は固定されたカメラからレベルのショット(煽りでも俯瞰でもない画面)が連続するわけですが、この齣割りは動きが乏しく、やや古典的と言えます。現代のまんが文法に則れば、できれば二齣目はカメラを在庫の消えた場所に移動させ、手前に消えた在庫の山を大きく、遠くに膝を抱える主人公を小さく写して主人公の弱々しさを強調するか、逆に手前に大きく主人公を捉え、寂しい表情を見せるなど、カメラに動きが欲しかったところです。

 絵についてですが、無数の短い線を用いた霧の表現が見事だと思います。霧というのは形もなく、また、白い色しかないので、まんが画材の黒い線で描くことが困難なものの一つです。
 「ジョジョの奇妙な冒険」では、一度描いた背景やキャラの上にホワイトで線を引く事によって、時間が停止した世界に霧が漂っているかのような抽象的な表現がなされていますが、この原稿にはホワイトは使われていないので、霧が濃くて白くなっているところは、線を描かず空白にすることを予め計画して描かれています。この、「描かない」という表現はまんが初心者の発想の及ぶところではなく、少し絵が描けるようになった人はどこまでも線を重ねて画面全体を黒でも白でもない、コントラストのぼやけた灰色に染めていくものです。
 先に述べた感情のコントラストと通じる部分ですが、白を表現したければ周りを黒く塗ればいいのです。その白と黒のコントラストが読者に白を印象づけます。
 その点において、この霧の表現は見事だと思います。白い霧を描くために、霧の影の黒い部分を描いて逆説的に白を表現しています。この霧は気象現象というよりも、一種のオーラのような、雰囲気を表すための抽象的な効果として働いています。一齣目では本の山の持つ圧倒的な質量と、生活空間を圧迫する生活上の苦しみ、そして早く売って数を減らさないといけないという重圧からなる威圧感のようなものが感じられます。それが二齣目では文字通り霧散しているわけですが、主人公の周囲にはまだまとわりついていて、完全には消え去らない未練のようなものが感じられます。

 二齣目においては在庫の山が一冊を除いて廃棄処分されているわけですが、この、一齣目では存在していた在庫の山が「ない」ということを示す点線の表現がいいと思います。「ない」ことを示すのはとても難しいのです。なぜなら無は描けないからです。できれば、本があったところを避けるように埃が積もっているなどの、かつてここに本があったという痕跡も見て取れたならより一層読者に寂寥感を感じさせられたでしょう。

 本作は霧による余白や、本がないという表現など、うまく「無」を表現できていると思います。白い霧を描くために影の黒い部分を描き、寂しさを表現するためにまず意気込んでいる主人公を描くという、コントラストが見事な作品だと思います。
 白い霧を描くために影の黒い部分を描き、寂しさを表現するためにまず意気込んでいる主人公を描くという、コントラストが見事な作品だと思います。
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