#MGM2・26 #空白二齣問題 04_03 「握手」零藤すいか
- 2019/06/18
- 22:46
「握手」零藤すいか
●一齣目の要素 開いた手、掌側
●二齣目の要素 手の持ち主、横向き
●二齣目左の空間 相対するキャラ(主人公はどちらとも取れる)
読み取れる状況
本作において一齣目の要素は、握手を求める何者かの手として描かれています。左には、握手を求められたほうの何者かの手が描かれています。
二齣目の要素は、握手をしている男性として描かれています。しかし男性と握手している手は造り物の手であり、左の女性の手ではなかったということがわかります。
手ではなく造り物だったという発見
二齣目で左の女の子が差し出しているマネキンの手は、肉ではなくなにかプラスチックのようなつるつるした素材でできているということが描きこまれたテクスチャからわかります。一齣目左の手にはこのテクスチャがなく、また指も若干華奢に描いてあるように見えるので、こちらはマネキンの手ではなく生身の手であることがわかります。
つまり、左の女の子は、一齣目において右の男性に握手しましょと言われた後にどこからかマネキンの手を取り出してそれを使って握手したものだということがわかります。握手をするのかと思わせておいて作り物の手で応じるのが面白いところです。
一見して握手している図のように見えたものが、よく見ると造り物の手だった、という読者の理解は、まんがを見慣れている現代の読者には一瞬で完了するものでしょうが、人の脳は無意識下で映像を高速に処理し、この絵に描かれるところのこの手は人の手ではなく造り物だ、とわかった瞬間、人は笑みを零すはずです。さらに科白で以てこの少女はなぜ造り物の手を用いたのか、ということが読者に理解されていくわけですが、この、絵が意味するところを理解した瞬間が人間にとっての快感であり、まんがの最も原始的な面白さであると思います。
都合よくものが出現する面白さ
科白によると、左の女の子は潔癖症で他人の手を触れないということがわかります。そして右の男の子が言うように、このようなかさばるものを人と握手をするためだけに持ち歩いているという無駄な周到さのある女の子のキャラがナンセンスな笑いを誘います。
女の子がバッグなどマネキンの手を収納するものを何も持っておらず、どこにもしまう場所がないような服装であることも、まんがでよくある「どこにそんなものを隠し持っていたんだ……」という読者の突っ込みを誘う面白いところです。
描きわけられる五つの手
一齣目の右の手は、手相が描いてあるので右手の掌側であるということがわかります。二齣目の右の男の子は、右手を一齣目の右の手と同じような指向で差し出しているので、一齣目の右の手の持ち主であることがわかります。
逆に、二齣目右のキャラの左手は甲側が見えていて握られた形で下方向に垂れているので、一齣目右の手とも左の手とも形がまったく異なり、どちらとも関係がないということがわかります。
一齣目左の手は、爪が描いてあるので右手の甲側であることがわかります。握手しましょ、と流線を伴い大きく広げて出された右の手は積極性を示していますが、それに比べ左の手は、やや下側に垂れているように描かれているので、科白も相まって右の手に比べ消極的であるように思えます。
一齣目左の手は形自体も、一齣目右の手に比べて華奢に描いてあるように見えます。なので、この手は二齣目左の女の子の右手であることが推測できます。二齣目左の女の子の左手は上向きで口元に添えられています。一齣目にこの形の左手は存在しないので、一齣目のどちらかの手と同一であると誤解されることはないでしょう。
ここには男の子の左手、男の子の右手、女の子の左手、女の子の右手、マネキンの右手という五つの形の類似する要素があり、どれがどの手であるのか読者に誤解を招きかねない、驚くほど複雑な状況であるわけです。
両者ともに服装は半袖であり一齣目に袖は描かれていないのですが、袖のデザインという要素がなくとも、このテクスチャや指の太さといった微妙な差異の描き分け、そして右にあって左を向いているというような居指のコントロールによって、齣を跨いでどれがどの手であるかという同一性を読者が誤解する隙がないように注意深く画面が設計されていることがわかります。
作者の意図が読者に伝わるか否かには、このような何気ないように思える細かい部分の積み重ねが大きく関わってきます。本作からは、読者の誤解を招かないという、まんがの基本となる描きわけの技術の鋭いセンスが感じられます。
まとめ
本作は、女の子が握手に造り物の手で応じるというところが意表を突きます。また、握手のためにつねにマネキンの手を持ち歩いている少女というナンセンスなキャラが面白い作品です。また、まんが上の機能の異なる五つの手を、居指とテクスチャを駆使して読者に誤解のないように描きわけているところに鋭いセンスが感じられる作品です。
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